天文セミナー 第179回

『星の歳時記』



11.麦秋 牛飼い座

 俳句の5月の季語ので最も馴染み深いのは「麦秋=ばくしゅう」。俳句以外ではあまり目にすることがありません。さらに、「薫風」と言う言葉も見つけることができます。有名な画家、ミレーの作品に「落ち穂拾い」と言うのがあります。コレラの流行を避けてパリからパルピゾンに脱出。このパルピゾンにはその後パルピゾン派と言われる様になる何人かの画家が集まり、農村の風景を描き始めます。彼らは、労働と収穫の喜びと共に農夫の日々の暮らしをも絵の外に表現していると私は感じるのです。パルピゾン派の作品を見ると、夕刻の薄暗くなり始めた西空に、淡く光る「月」や「星」を見つけることができます。月の欠け具合から月齢を求めて描かれた場所の緯度を推察したり、また黄道とおぼしき場所にある明るい星を「金星」と見立てて描かれた年月を推測するなど、絵の描かれた時の雰囲気を感じるのも楽しいことです。ヨーロッパの収穫時期は何時なのでしょう。そして、やはり「麦秋」とでも言えるような状況なのでしょうか。きっと「麦秋」という言葉が示すように日本人の細やかな、自然に対する感性しか感じ得ないものなのではないかと、私は思っているのです。

 さて、標題の麦秋。一般的には5月。今では、麦を蒔く農家が減少し、麦と言えばほとんどがビール麦で昔農家が冬に霜の降りた田んぼで行っていた「麦踏み」の姿を見ることはできなくなりました。しかし、麦を収穫した後に遅い田植え。昔の農村の風景でした。この麦の収穫期、麦秋の夕空高く金色に輝く星がアークトゥルス。牛飼い座の主星です。

 私がまだ幼い頃、近所の老人がアークトゥルスを指さして「あの星が夕方頭の天辺で光るようになると麦の取り入れを始めるのだ」と言い「麦星」と教えてくれたのでした。


 麦秋の 暑き夕べに 金の星       香西蒼天


 5月は早くも初夏。梅雨を目の前にひとときの晴れ間には日々に青さを増す木々の緑。野山を渡る風が心地よく感じられるのもこの季節でしょう。この季節に吹くのが「薫風」。なかなか洒落た表現ですね。


 薫風の 吹き渡り来て 麦の星      香西蒼天


 農村の、初夏の夕暮れです。そして、夜空にはアークトゥルス=麦星が金色に光り、その東には「冠座」が登場してきます。南に目を向けると、春の大曲線の末端に輝く乙女座のスピカ。来月の登場を控えて、舞台下手(しもて)で佇んでいます。


2012年5月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2012年5月の星空です
夕方西空に見えている金星が、5月中旬から下旬にかけて
沈む時刻がどんどん早くなり見えにくくなります。
6月6日は「内合」で地球と太陽の間を通過し、
その後は明け方東の空に見られるようになります。
今回の内合は「太陽面通過」となります。これを見逃すと
次は2117年まで見られません。
星空は、春の星でいっぱいです。春の大曲線から
春の大三角をたどってみましょう。土星と火星が
紛らわしい位置にありますので、ご注意を。


次 回も、お楽しみに

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