天文セミナー 第165回

『佐治の夜空を見てみよう!』



9.星の歳時記。

 菜の花や 月は東に 日は西に    与謝蕪村
 荒海や  佐渡に横たう 天の川   松尾芭蕉
 
 日本を代表する文学とも言えるのが俳句でしょう。世界で最も短い文章、たった十七文字で表わした自然と人との関わりではないかと考えています。そして、この短文に表わされた日本の四季に対する日本人のこまやかな心情は世界に類を見ないのではないかとも思っています。
 ある大学で、教養科目として「天文と人」を含む講義を行っていたときのことです。最終講義を終えると通常だとテストかリポートの提出が学生に課せられます。私は、このテストとかリポートに代わるものとして、俳句または短歌で自分自身が感じた宇宙と人との関わりを記述するように求めたのでした。学生達の、悲鳴に似た歓声が教室に響きました。 自然科学の一部として認識されている天文学は、季節の変化を先ず知ることから始まります。季節の変化は、太陽と地球の位置の変化の現れで、この季節の変化を予め知ることを目的に作られたのが「暦」に他なりませんね。
 同じように、日本の文学を代表するのが「俳句」だとするとき、俳句には必ず「季語」を伴いますね。季節を表わす季語が含まれるということは自然と人との関わりの深さを表わしているのではありませんか。俳句と天文の間に共通点があるなら、学生に上記のような俳句、または短歌でのレポートを求めても一向不自然ではないと考えたのでした。
 さて、最初に提示した俳句は、与謝蕪村が詠んだ名句で、四十年ほどの昔にある私立中学校の入学試験の問題として出されました。この句を鑑賞して、季節と時刻などを求めるものでした。小学校4年生で習う「太陽の動きと月の動き」からの出題です。この天文セミナーをお読み下さる方は当然ながら正解がお判りのはずですね。「菜の花」という季語から、季節は春。「日は西」ということから時刻は夕刻。そして「月は東」で太陽と向き合うような位置関係。これらのことから、春分近くの満月に近いある日の夕刻、という回答が得られるのですね。このように、天象と季節が詠みこまれていれば、僅か十七文字の短い文章で宇宙と人との関わりを伝えることができますね。
 次に、松尾芭蕉が「奥の細道」を辿りながら詠んだ有名な俳句「荒海や・・」。この句を巡って、新潟県の俳句会であるとき一悶着が起きました。芭蕉は、この句を詠んだとき、実際に佐渡と天の川を見た、見ていないというものです。芭蕉が、この句を詠んだのは丁度梅雨時でこの日は大雨だったことが同行した弟子・曾良が書き残した旅日記に書かれているのです。結局、この句は芭蕉が佐渡の対岸を歩いているとき感じた佐渡にまつわる人間の歴史と天上の天の川を織り交ぜた「心象風景」であったのだろうということになりました。その証として、実際の天の情景を再現すると、天の川は佐渡島の上には横たわらないことが知れたのでした。
 俳句の季語を集めたものとして「俳句歳時記」が多くの俳人によって著されています。この歳時記に見られる天文との関わりのある季語を探すのも、楽しみの一つでしょう。
 ところで、最近のように海外旅行が手近になると、南半球へも多くの人が出かけます。昔、私が入っていた俳句の会で、南半球で詠むと季節が反対になるので季語はどうなるのかな、と意地悪な問題を提起したことがありました。普通の自然と言えば、身近な山川草木、花鳥風月です、そして天文に関わるような季語では七夕など日本固有の行事が取り上げられています。
 そこで、感じたのは季節を教える手立てでありながら地球のどの場所にいても一向に差し支えのないのが、「星座」。

 さそり座の 逆さに立ちて 風寒し     筆者の駄作

 南半球で体験した自然の風景です。さそり座は日本では夏、ところが南半球では冬空に見える星座で、この句は南半球の8月に詠んだことが判るわけです。
 世界って広いものですね。皆さんもトライしてみませんか。




2011年3月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2011年3月の星空です
冬の星座たちが西側に移動して、東側には春の星たちが
昇ってきました。季節は確実に春へと向かっています。
オリオン座は星座の中でも見つけやすい星座ですので、
オリオン座が見えているうちに星空を覚えておきましょう。


次 回も、お楽しみに

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