天文セミナー 第133回
『月探査(5)月の形状』『月探査(6)惑星の表面での方位』
レゴリス(月の砂)のような状態は、どうしてできたのでしょう。月には大気がありません。従って太陽からの光と熱は容赦なく降り注ぎます。さらに、太陽風と呼ばれるプラズマの風も表面を吹き抜けます。これらが、月の表面の侵食を進めることになります。こうして、表面の組織は徐々に細かく打ち砕かれ、細かな粉状になったと考えられています。そのレゴリスに覆われた表面に一際目立つのがクレーターと呼ばれる大小無数の凹凸です。この成因について、多くの説明が唱えられたことがありました。京都大学宇宙物理学教室の宮本教授は、月が誕生してから繰り返された噴火が原因であると唱えられていました。私は、1970年代に完成した木曽観測所の105cmシュミット望遠鏡で、太陽系の小天体、具体的には小惑星の太陽系空間での空間分布やサイズ(大きさ)分布などを調べるための観測研究を行っていました。観測された小惑星の大きさは、太陽から一定の距離における明るさを元にして立てた実験式が基本です。明るさを観測から求め、実験式でサイズを仮定します。こうして求められるサイズ分布と、物が衝突してできる破片のサイズ分布が良く似ていることに気付き、小惑星は元々大きな惑星が幾つかあって互いに衝突を繰り返した結果だろうと発表しました。そして、さらに月のクレーターの直径の大きさの分布が、小惑星の大きさの分布とよく似ていることを指摘しました。こうして、現在では月のクレーターの成因は、小天体の衝突であると言われるようになったのでした。月に限らず、太陽系の総ての惑星も、同じように繰り返して起きた衝突の結果、成長し誕生したのです。 |
アポロ宇宙船の乗組員が、月面活動をしていた時には、地上の管制所との間で多くの通信が行われました。その中で、月面に立っている乗組員と管制所との間で思わぬ混乱が生じました。それは、方位の問題でした。我われは太陽が上る方向を東と呼んで、方位の原点にすることが多いのですが、月面活動が行われた頃の惑星たちの方位は我われから見て東がやはり東でした。こうして、方位が決められていたため月面に立つ人にとっては地球上で見た東の方向へ太陽が沈むのです。 |
次回も、お楽しみに |