天文セミナー 第81回

『黄道光と対日照』『春宵一刻値千金』



黄道光と対日照

 3月に入ると、吹く風にも心なしか潤いを感じるようになります。湿度が高くなって来たことの結果です。夕方の西空には、喋りつかれたかのように「すばる」が傾き、赤い瞳の牡牛が追っかけます。冬の天の川は仄かに流れ下っています。よく晴れた、そして人工の灯火のない夕方、西の方角に目を向けると、天の黄道に沿って天の川と見間違うような舌状に延びるかすかな光を認めることができます。黄道光と呼ばれる現象です。
 東京にまだ暗い夜空があった頃の話です。東京天文台は埼玉県西部の堂平山の山頂に観測所を設けました。観測所の東は関東平野が大きく広がりますが、西は秩父の山々の稜線が視界を区切ります。観測所の開設当時、この秩父の山々の稜線の上に、大きく長く延びた黄道光がかすかな淡い光の帯となって見えていました。日本などの中緯度地帯では、春の夕方と秋の明け方に黄道が地平線に対して大きな角度になるので見やすくなります。


黄道光(撮影地:ハワイ島)

画面下やや左から右上に延びているのが黄道光です。
天の川は画面下やや右から左上に見えており、
画面中央やや上でお互いが交差しています。

 1980年代のこと。赤道直下のインドネシアに出かけたことがありました。ちょうど春分の頃です。太陽は正確に東から上り、頭上を通過して真西に沈みます。天の赤道が頭上を通過しているからですね。夕方になると、あたかも天の川が2つ現れたような状景が見られました。本当の天の川と黄道光が中天で交錯しているのです。とても感動しましたが感動はこれだけではありませんでした。この黄道光の帯は、天をまたいで一周し、さらに、ちょうど太陽の反対側には対日照と呼ばれる脹らみがはっきりと識別できたのです。
 黄道を取り巻く淡い光の帯、黄道光。太陽系の空間にあって、太陽を巡る軌道を運行している微細な固体の粒子が太陽光を反射して見える現象ですが、何よりも見る場所の環境が見えるか否かを決定する要因です。日本では見える場所が少なくなってしまいましたが、もう一度見て感動を味わいたいものです。


春宵一刻値千金

 春されば 樹の木の暗の夕月夜 おぼつかなしも 山陰(かげ)にして
 万葉集巻十・一八七五に載せられている作者不詳の歌です。春になって山陰にある木々も萌え茂り、夕月も淡くおぼつかないようだ、とでも言う意味でしょう。
 さて、冬の寒い日が足早に過ぎ去ると木々はそろそろ若葉を準備し始めるでしょう。宵の西空には弦月が懸かり、淡く野山を浮き上がらせます。上空はまだ暮れやらぬ薄明かりでも、木々の根元には暗闇が忍び寄ってきます。水墨画の世界です。
 今月の満月は7日の土曜日。東から昇る月は西空に沈む太陽を追い立てるように感じます。そして、そこに見えるのは天の黄道と赤道の交わるところ。太陽があるのは春分点の近く、満月があるのは秋分点の近くです。


沈むオリオン

日本(上の写真)とハワイ(下の写真)では、
星(太陽も同じ)の軌跡の傾きが違うことがわかります。
緯度が高いと傾きがゆるくなり、緯度が低いと
傾きがきつくなります。

 春分の日に、ちょうどインドネシアに滞在していたことがありました。真東から上って真西に沈む太陽。地方太陽時の正午になると、自分の影がなくなってしまいます。冗談にCT写真のようだなどと戯れたことがありました。しかし、赤道近くでは春宵一刻値千金と言うわけには行きません。西の地平線に沈んだ太陽は、地平線に垂直に下へ下へと向かいます。ちょうど釣瓶落としのような状態です。日本などのように、中緯度の地域では太陽が地平線に対して斜めに沈みます。赤道地域に比べ、地平線の下で同じ角度になるのに要す時間が長くなります。朧に霞む春の宵。これを味わえるのは中緯度に住む人々の特権なのですね。



2004年3月の星空

(ここをクリックすると大きな画像になります)
2004年3月の星空です。

いつの間にか冬の星たちが西寄りに移動し
春の星たちがたくさん見られるようになってきました。

天文カレンダー 惑星たち
4日: 水星が太陽の向こう側
木星が太陽の反対側
5日: 啓蟄
7日: 満月
8日: 土星が留
14日: 下弦
20日: 春分
21日: 新月
29日: 上弦
水星が太陽の東側で最大離角
30日: 金星が太陽の東側で最大離角
水星: 下旬に観望の好期
金星: 下旬に観望の好期
火星: 宵の西空低い
木星: 観望の好期、一晩中見える
土星: 夕方の空、夜半前が観望の好期

次回も、お楽しみに

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